くろねこくぅまんplus

浸潤性小葉がんになった。そしてスピリチュアルに目覚めた。手術の事とか体の事とか、誰かの「気づき」になればいいな。

思出話は供養になるらしいよ。と言うことで

このところ、2番目の叔母の

気配を感じることが多かった。

 

それはお雛様を出そうと片付けを始めたころ

叔母が残した絵が出てきたからだ。

(どなたからか贈られたモノらしいけど)

 

叔母はとても知的で難しく

他の叔母とはなにかが違った。

子どもが喜ぶ目先の事はしない

(例えばお年玉とか…)

しかし、絵本を月1でずっと送ってきてくれた。

 

話し方も、場を納める作法も

ちょっと独特で怖いイメージもあった。

 

彼女の物語を他の家族から

聞いたことがあるが、当時の考えや通常の人

からするとやはり異端だったのだと思う。

 

そんな彼女は年を老い、

長距離を一人で動くことも不便になってきて

故郷へあまり帰ってこなくなった。

そして、

自分がアルツハイマー型認知症であることも

自分で調べ、(知人に調べてもらって)

後見人(司法書士)や、遺産のこと、

お墓の事など、ある程度段取りを付けてから

父と私が名古屋に呼ばれて

会いに行くと言う出来事があった。

この時に諸々の状況を知った。

 

それから数年2ヶ月に1度のペースで

叔母に呼ばれて、父と出掛けていったり

それぞれで会いに行ったりした。

それでも、だんだん私が誰かもわからなくなっていく。

(自分で呼んだことも忘れちゃう)

 

彼女が最後まで本心が2つあったことがある。

 

故郷のお墓で眠るのか

名古屋の地で眠るのか

 

父と私が呼ばれて、懇願するのは

遺体(又は遺骨)を迎えに来てほしい

と言う話だった。

 

しかし、翌日には話が変わって

名古屋で…という。

 

後見人である司法書士さんと連絡を取り合い

何度も確認しあった

『彼女の意志は病気が進行する前の書類に全て記してあるのだから、これに沿って動きましょう』と。

 

ある時から電話も無くなった。

そこから一年ほどで叔母は亡くなった。

 

とても芯のある人生だったと思う。

 

 

 

3月の龍王祭にはゲストがいらっしゃる。

愛知学院大学の宗教学教授・博士であられる方

とのこと。

ご参加のご紹介メールで

その教授様が名古屋大学とも関係があることを知った。

 

私の叔母は名古屋大学精神科で教鞭を執っていたことがある。

しかも、最近知ったのだがソーシャルワーカーの普及や地位の底上げ、協会の立ち上げ、基盤づくり…

障害を抱える者とその家族の生活向上など

特に昭和時代の研究や尽力が幅広かったと知る。

 

Twitterで叔母の論文についての事を少し呟いていた人がいたのでそこから芋づる式で、事を知った…

つい最近よ (。´Д⊂)ナサケナイ

 

 

師匠も静果先生も 思いやりが深い

そして、厚い…。

浅い知恵では気がつけない程 深い。

(深くて見えない気がつかない(苦笑))

 

私がホテル業界やPTAや会社で培った

それとは見据えている層が違う。

叔母もきっと同じだ…。

と知って泣けてきた。

今だから叔母の言動が痛いほどしみる

( ω-、)

 

ホスピタリティ:思いやり尽力とは 

ソーシャル:社会、集団とは

ワーカー:労働者  (ワーク:仕事)とは

宗教とは 信仰とは 精神とは

心とは

 

を今一度考える。

 


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おまけ

 

 

これもまた

後見人の司法書士さんと話し合って決めたコト。

気高く、芯があった人だからこそ

病気になって、 なったから、

素直な気持ちが現れたのじゃないかと。

 

叔母の遺骨は

思い入れの強い名古屋の地と

(実家の宗派と同じ所を探して選んでる)

故郷のお墓にも一部を納めている。

 

他に気になる事はないか~ぁ

叔母さんの観音様拝んでるよー

寿子おばさーん ありがとーねーぇ

 

供養

合掌