自分供養▪︎自らが癒される▪︎行をする
と、本人も安楽になるが、家族や周りの人たちも安楽になってくる。
チベット地区では兄弟の誰かは必ず出家する風習があった。
家族代表で神仏に寄り添った生き方して、家族の分の供養と祈りを行う。
死を迎えると、死んだもの自らでは徳が積めなくなる。
亡くなった人への供養は天界へ行けるよう、足らなかった徳分の祈りを家族が施す。(供養は無限に続きますから)
死者はその祈りを徳に変えより良い世界へと向かう。
生きてるものは供養という祈りが布施行となる。
自らが進んで行う祈りには、自他共によい巡りをつなぐ。
質を高める為に軸に沿った行を進める者はただ祈るよりも増した徳を巡らせることになるのも当たり前と言える。
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徳行はメリットと訳すらしい。
日本人の思うメリットって自利的なイメージだよね。
自利から利他へ
この巡らせ方が一番スムーズ
本心から行う行
あなたのタメに施すと私が救われる。
その心もちがよい。