くろねこくぅまんplus

浸潤性小葉がんになった。そしてスピリチュアルに目覚めた。手術の事とか体の事とか、誰かの「気づき」になればいいな。

肉体の記憶と思い出と

 

乳房再建術後(約5年前)に 入院中のことです。

謎の足の腫れ

足首から下が真っ青(紫でパンパンになりました)

 

検査をしても解らなかった足首の腫れ

今もなおビリビリ感を残し、謎の後遺症となっています。(踏ん張りが利きにくい。足首の可動域が変)

 

肉体の細胞は自分がどの部位だったか知っていて、

その部位と共鳴もする。

そして、どうやら因果も解ってって(?)

 

足首の皮膚をつまむと足首に電気がビリビリと走り

腹の縫い目と胸がチリチリするのです。

(皮膚をつまんで筋膜リーリースのビリビリは激痛)

 

そして、肉体は当時の記憶も記録しています。

多分ね🤭

足首のビリビリ⚡でどーしても

ローラースケートと捻挫の思い出を思い出すから

そう思うのです。

 

これは、幼少期 小学校低学年か…

ローラースケートやスケートが好きだった私は

日常では道路の脇、滑りやすいコンクリート部分でローラースケートの練習をしていた。

(田舎だから出来ることだよね😅)

 

練習中に転倒。足首を痛めた(捻挫)

力が入らず動けない…

這って行けばすぐに玄関のはずなのに

力が入らない脱力感に身を委ねていて

時間が止まっているような感覚だった。

記憶では車が行き交っていて

声を挙げれば、誰かが手を貸してくれるだろうに

私は外界の流れとは違う空間に居るように

足を放り出し座り込んでいた。

きっと短い時間なのだと思うけど、

私には長く感じていて、

このまま動けなくなって死んでいくんだ…

と言う感覚と空しさ(虚しさ)に浸っていた。

あれは浸っていてのだと思う。(望んでいた気がする)

虚しい(空しい)のに寂しくない。怖くないのだ。

 

足に付いているローラースケートの重さを実感してきた頃、やっと動き出そうと言う気になって、ローラースケートを脱いだ。

 

もしかしたら、座り込んでる子供に声をかけてくれた人もいたかもしれないが、

ただ休んでるだけだとか言って 

善意を拒んでいたのではないかとも思っている。(記憶にはない)

なぜなら、プライドと言う感覚を思い出すからだ。

 

捻挫したことも

動けないムナシサも

プライド心が覆い被せてしまった気がする。

だから自力で帰ろうと思った。事を記憶している。

 

別空間に居るような感覚と、プライド(虚栄心)

 

 

今考えてもよく解らない思い出だけど、

私の足首にはこの時の記憶が刻まれていて

癒す必要があるんだな…と感じずにはいられない。

そして、乳房再建と言うと大仕事も…。

 

 

 

物分かりのイイ子供は可哀相だ

きっと無理している。

子供は子供らしくあった方がいい

何でもできて

何でもこなせる子供でも

きっと我慢のうえにイイコであろうと頑張っている。

(甥っ子を見ててそう思った。私もそうだったのかも…?)

 

それは親に心配かけたくないし、

イイコであることがイイコトだと思っているからだ。

親に愛されたいし、愛したいのだ。

 

暴れて手に追えないコも同じ。

大人も子供も 等身大で素直がよろしいね。

 

 

 

合掌

 


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おまけ

 

大阪の敏腕整体師兼ヒーラーさんに

施術していただいた時にもご助言ご指摘いただいた足首。 故障のあった部位はエネルギーが抜けやすいし、悪いモノも付きやすくなるらしい…

首と付く部位は要だなとも思いました。