くろねこくぅまんplus

浸潤性小葉がんになった。そしてスピリチュアルに目覚めた。手術の事とか体の事とか、誰かの「気づき」になればいいな。

つぶやき

無とは

なにもないではない

空とは

カラだと言うことではない

 

無知の智慧

 

無の境地へ向かいたがる

昨今のスピリチュアル知識

 

悟ることは、

何もない無へ向かうことではない。

その逆である。

 

では、なぜ思考を止める「無」を求めるのか?

 

それは、まず「思考」を静観しろ

といっている。

思考は「本心」では無いからだ。

外界の価値観に影響されているから。

 

瞑想や内観の癖のないひとは

思考することと、

湧き上がるイメージ、考えを

受け流す事ができない。

 

勝手に展開されていく思考に

とらわれず

影響されず、

湧いては 流す

を慣らしていく。

 

それは現実社会でも同じ。

 

 

 

そもそも「無」や「空」の

違いすら理解できていないのだから

無とも 空とも 捉えられるわけもなく。

どれが何なのかも 分かるわけもなく。

 

それこそ無明

しかし無無明 なのだと

理解した 今朝である。

 

大笑い