⚫︎思考と存在は同一である
「内的に世界を見ることがどういうことか分かってくる」と言っても、もちろん、それはほんの入り口だけで、この現象世界の全体が内的にどうなっているか、そのすべてが見えるわけじゃない。
しかし、従来の受動的空間から、意識が能動的空間へと一歩踏み込んだ根本的な違いの感覚はハッキリと分かる。文字通り、前が開くというか、未来の進むべき道がわかるというか、とにかく、圧倒的に広大なのである。そして、そこには、思わず畏敬の念が襲ってくるような神々しさがある。
人間をはるかに超えた知性が存在する。その存在たちがこの世界を生み出しているということが、反転サイドに入ると、より強烈な感覚となって襲いかかってくるのだ。
それは思考なるものが持った無限の可能性の世界でもあり、思考することの本来性が垣間見えてくるような感覚だと言ってもいいだろう。「思考と存在は同一である」というパルメニデスの言葉が身に染みる。
@kohsen
難しく聴こえてる けども…要は
思考することは存在しているから出来ること。
本来、思考するという行為はレベルの高いことだから。
私たちが日常で使う思考という行為
近年流行りのスピリチュアルでいう思考という概念
からの
思考するという行為への誤解が存在を疎かにしている。
思考するコトに、いくつものレイヤーや感情や意味を付属するから 「思考する」をややこしく難しくしているそう思える。
意・識を空間で視てみないか。
し‐こう〔‐カウ〕【思考】
1 考えること。経験や知識をもとにあれこれと頭を働かせること。「思考を巡らす」「思考力が鈍る」
2 哲学広義には、人間の知的精神作用の総称。狭義には、感覚や表象の内容を概念化し、判断し、推理する知性の働きをいう。
3 心理学で、感覚や表象の内容を概念化し、判断し、推理する心の働きや機能をいう。
おまけ
そっか 全体論か
全体をみて ワレがどこにいるのかを知る
全体をみて 何をしているのかを知る
全体をみて 何をやるべきかを知る
目的が理解しやすい。